貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

2.地中海編(2)

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貧乏エンジニア漫遊記
地中海編(2)
 

1987年9月のこと。プラント一式をバージに積んでエジプトまで運び、それを据付けたことがある。このバージは、太平洋やインド洋の航行には問題ないが、現地での設置場所への引き込みが難しい。バージを日本の造船所で見送った後、現地の受入準備の確認のため,早めに飛行機でエジプトへ飛んだ。

現地は、カイロから地中海沿いにアレキサンドリアを抜け、クレオパトラが泳いだという岩だらけの海岸を右にみながら西へ行く。リビアのすぐ隣のマルサマトルフという町だ。小さな湾があり、天の橋立状に土漠の岸が伸びていて、そこにプラントを据付けるわけだ。日本からの先行部隊が、現地の業者を使って、半年前から土木工事を行なっていた。

現地に着くと早速下見をする。やり切れない暑さの中、土漠を歩いていて、思わず叫んだ、「ヤヤッ」。葉も無いのに地中から一本だけ極太の茎が突き出て、大きな赤い百合の花が咲いている。イエス・キリストの言われた「野の百合はいかにして育つかを思え」の百合とはこの百合ではないのか。エジプトとイスラエルは隣国どうし、気候も似ているはずだ。私の考えていた湿潤な環境の白百合とは全くちがう。神の恵みなくして、どうしてこのような場所に百合が生え得ようか。私はどうも聖書を勝手に解釈していたようだ。

陸の調査が終われば海の番だ。ボートで湾の中央に出た。この海の透明さはどうだ。底まで輝いている。漣波が海底に妖しい縞模様を写している。瀬戸内海は単なる青、太平洋は紺碧だが、ここの海は紫紺というべきか、まさに水晶の透明度なのだ。感心していると一隻の手漕ぎの漁船が近づいてきた。蟹を買えという。聞けば大きな魚篭一杯が2万円強との事。これはエジプト人中堅エンジニアの一ヶ月分の給料にあたる。「コイツ、純朴そうな顔をして、観光客相手の値段で売りつけようとしているナ」と憤慨し、不愉快さを顔にみせて断った。漁師は悲しそうな顔をして去っていく。私が浮かぬ顔をしていると、ボートに同乗していたエジプト人が「一籠2千円なら相場だ」という。なんと私は為替の暗算を一桁間違えていたのだ。断った時の私の態度はきっと横柄に映っただろう。この時はスッカリ自己嫌悪に落ち入ってしまった。蟹も惜しかった。

さて、海洋タグボートで運ばれてバージはスエズ運河を越え、ナイルの三角州の前を通り、いよいよマルサマトルフに近づいて来る。ところが出迎えるはずの沿岸用タグボート4隻のうち一隻が来ないのだ。アントニオとオクタビアヌスの昔から、エジプトでは船の約束が頼りにならない事は有名だ。この事は良く知っていたのに油断した。心もとないが3隻でやるしかない。なにしろバージの到着にあわせて、知事以下地方の名士を全て招待しているのだ。プレス関係者も大勢来ている.失敗すれば業界の物笑いだ。この時ばかりは神に祈った。幸い岸壁に当てることなくバージは無事所定場所に引き込むことができた。

合図によりセレモニーがはじまる。まず羊を屠る。執刀者がことさらに蛮刀を高くかざす。一閃、鮮血が飛ぶ。日本人には甚だショッキンッグな光景だ。羊を生贄として観衆の前で殺す事は、食料としてやむを得ず屠殺場で殺す事とは全く違う。観衆は、供物として羊を奉げることを尊しとしているのではない。羊を殺す行為にたまらなく興奮しているのだ.。この光景を見て「イエス・キリストによる万民のための贖罪」という考えに対する認識を新たにした。

さて客先への挨拶も済み帰り道のこと。道の脇に7~8メートルの三角帽子状の白い塔が立っている。それにポツポツ穴があいており鳩が出入りしている。聞けば穴の中は巣になっており、人間が塔の中に入り、卵を取ったり、鳩自身を捕まえたりするのだそうだ。そこで思い出した。野の百合があるからには空の鳥もいるはずだ。聖書には「空の鳥を見よ。播かず、刈らず、倉に納めず、然るに汝らの天の父は、これを養いたもう」とある。見上げるとまさしく空の鳥がいた。埃まみれの痩せこけた灰色の九官鳥に似た鳥だ。炎熱下を息も絶え絶えに飛んでいる。焼き鳥になって落ちてきそうだ。イエス・キリストはこの鳥を譬えにされたのだ。なんと言う過酷な環境だ。我が家の庭に飛んでくるメジロの環境とはかなり違う。また新発見だ。

この後、カイロで客先と業者に挨拶をし無事日本に帰った。この出張では考えることが多かった。

追記: 今思えば、百合と思った花は、アマリリスだったのかも知れない。また「野の百合」を単に「野の花」としている日本語の聖書も多い。ちなみにアメリカのRSV聖書では「the lilies of the field」となっている。また最近はこの花はアネモネだという説もある。

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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