貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

24.インドネシア編(1)

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貧乏エンジニア漫遊記
インドネシア編(1)

1980年2月より一年間、中部ジャワのセマラン(Semarang)発電所でボイラー建設工事を行った。セマランはかって日本軍の潜水艦基地があった所だ。我々が工事した頃は日本からは仏壇メーカー、その他二,三の企業が華人資本と合弁で進出していただけだ。日本人同士はすぐ顔見知りになった。

工事現場での最初の仕事は事務所の設営だ。建屋も大切だが事務員の雇用が難しい。事務長には、セマランで一番大きなホテルのチーフ・コンシェルジェをスカウトした。工事の下調べをした時に狙いをつけていた人物である。純インドネシア系の学卒で頭が良く、英語も達者、忠実で、職業柄対外交渉も上手だった。次は運転手。これも良い人間に当たった。この時期、セマランには乗用車・トラックとも気息奄奄の中古車ばかりだった。我々の車は日本製のジープだったが、セマランでは断然光っていた。運転手は、日本の企業働くことができ、最高級の車に乗れれるのが自慢で骨身を惜しまず働いてくれた。

女子事務員は公募した。沢山の応募者の中で一番初々しい女性を選んだ。ところが、“Single”であることは確認していたのだが、なんと子供がいた。つまり結婚し、子供ができ、離婚していたのだ。既婚でも仕事振りが良かったので問題はなかったが、釈然としなかった。インドネシアでは「結婚の経験はあるか、今結婚しているか」と聞かねば意味がない。ジャワ島では離婚率が日本よりずっと高い。亭主に甲斐性がないと女性はサッサと別れてしまう。

設営ができた頃、日本より建設資材を積んだ第一船が着いた。建設現場は海岸沿いで、発電所専属の埠頭があり、機械・資材の水切りは全てそこで行った。木材をふんだんにつかって梱包していたので、廃材がトラック数杯分ほど出た。その処理費を心配しながら、構外に山積みしておいたら、一週間程して現地作業者の一人が事務所に来て訪ねた。

「旦那。梱包の廃材を少し持って帰ってもいいかネ?」
「良し。いくらでも持っていけ。ただし置き場を散らかすなよ」
「散らかさなければ、いくら持って行ってもいいんだネ?」
「持っていっても金はやらんぞ」
「ティダ アパアパ(勿論です)」

この「ティダ アパアパ」は。正式には「Tidak apa apa」で、「問題ない」と言う意味だ。翌日驚いた。山になっていた廃材が、木切れ一片、折釘一本残っていない。全部作業者達が持って帰ったのだ。情報通の我が運転手が、今ごろ廃材は全て市場に出ているだろうと言う。早速市場にいってみた。あるある。木切れはキチンと重ねられ、折釘は打ち直されて売られている。木切れには発送元のマークが打ってあったので、それとわかる。終戦直後の日本を思い出して、思わず呟いた。

「おまえ達もなかなかやるなあ!」

日本でも終戦直後には、皆焼け跡でアカを探したものだ。アカとは銅線のこと。インドネシアは日本より35年ほど遅れていただけだ。

さて、仕事を始める前に。先ずコンクリートの材料を揃える。セメントと砂利と砂だ。この砂利を見ると、白い小塊が点々と混じっている。なんとこれが二枚貝の化石なのだ。アンモナイトではないが、日本ではそれなりの値がつくだろう。形と色の良いのを木箱にためていたが、日本に持ち帰るには重すぎ、捨ててしまった。

インドネシアでは値打ちがないのに、日本では値打ちのあるものが他にもある。一例がムツゴロウだ。セマラン近くの海岸には途方もない数のムツゴロウがいる。砂浜に出ると一瀉千里がどす黒く見える。石を投げると砂浜が一瞬に白っぽくなる。無量数のムツゴロウが一斉に穴に入るのだ。これ本当。インドネシア人はムツゴロウに見向きもしない。ある意味でインドネシア人は日本の有明海の住民よりも裕福なのだ。

さて、工事が始まった。鉄骨組立が進んだ時点で、妙なことに気がついた。最もよく働くボーシン(作業リーダー)が、毎日一定時間になると作業場から消えてしまう。直ぐに戻ってくるのだがトイレではない。野積みの資材の陰に別な目的でかくれるらしい。何処に行っていたのか聞いても、笑って「ティダ アパアパ」と言うだけだ。就業時間内でもあり、納得いかない。それで日本人技術者のM君に、密かに彼を追わせてみた。15分程してM君が事務所に飛んで帰ってきた。

「祈っています! 資材の陰で祈っています」

なんとボーシンは、隠れて回教の定刻の祈りをしていたのだ。彼が祈っている間に現場の能率が落ちているわけでもないので、見逃すことにした。しかしやがて資材は減り、陰はなくなった。ボーシンは現場から消えなくなった。そこで尋ねた。

「祈りの時間なのに、祈らないのかね?」
「知ってたんですか。すんまへん。大丈夫、ペナルティーを払ってるから」

この答えを聞いたときには、内心粛然とした。それまで、ペナルティーの意味は罰金とか罰則を課すことと思っていた。どうもペナルティーは、あらゆる「埋め合わせ」を意味しているようだ。昼の「祈り」を省いた場合、夜の「祈り」の時間を長くとるのもペナルティーを払うことになると言う。我々は、相手が気付かなければ、ペナルティーを自主的には払わない。しかし、このボーシンは、隠れてでも神に祈り、祈れなくなると、神へのペナルティーをキチンと払っていたのだ。

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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