貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

31.中国編

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貧乏エンジニア漫遊記
中国編 (日本は中国に追いつかれるか)

最近、新聞等で中国の台頭に警鐘をならす論調が目立つ。中国の発展に伴って、日本では空洞化が進み、軽工業製品や農産物の輸入が増え、不況が長引くという。この勢いは、中国の労働者の所得が韓国のそれ(日本のの1/3程度)になるまで続くだろう。この事を、私は10年前に痛感していた。今回はこの点について思うところを述べたい。

中国には幾度も行った。その中で、1993年7月の旅行が最も印象深い。この時は、上海近くのメーカー群を調査した。その内の一つ、回転機械工場での事。この工場は国営だった。総責任者は思ったより若い。共産党から派遣されていて、技術のことは疎い。実質の工場経営者は年配の副工場長だった。彼の知識は、日本の同等の立場の人間に比して遜色ない。話題は工員の給与レベルに及んだ。

「失礼だが、貴方クラスの方の給料はいかほどか」
「日本円で5000円程である」
「5000円???  日給なりや!」
「否、月給である」

ここで息を呑んだ。5000円といえば、工場幹部の報酬としては、日本では、日給どころか時給相当だ。これが月給なら、日本の百分の一ではないか。二の句が継げなかった。

次に驚いた事に、彼らは自らの製品の原価を知らなかった。国営公司に要求されていることは、一定量(ノルマ)の製品生産だけであり、その一定量は価格で示さず、製品の大きさと個数で示される。それに要する材料は無償支給される。「どれだけの人数で、どれほどの生産を行ったか」が問題で、原価、売価、利潤といった考えは無い。彼らへのインセンティブはノルマ以上の生産を行った時の報奨金だけだ。したがって、当初は日本向けの仕事をする必要は無かった。しかし、政府の方針が変わり、公司に外貨が必要なら、自分で稼げということになった。工作機械を買うには外貨がいる。それで、日本向けの仕事をしだしたわけだ。当時の日中の所得差は、上記のように、100対1程度だったが、今(2002年)では50:1程度になっているらしい。

この調査の結果、従来日本で作っていたプラントの主要部品を中国に下請外注することにした。今日騒がれている空洞化のハシリである。この時ばかりは、柄にもなく、日本人の一人として、日本の容易ならざる将来を憂えた。

中国の労働者の平均所得が倍増するには、年率7%の伸びとして、約10年かかる(1.07の10乗≒2)。こう考えると、今後数30年は中国の方が人件費は圧倒的に安い。この間、大なり小なり日本の空洞化が続かざるを得ない。中国ばかりでなく、インドもある。日本の戦後半世紀の成長は、間違いなく歴史上の語り草になり、今後は、うまくいっても、現状維持か、極く緩やかな成長に留まるだろう。

さてエピソードをもう一つ紹介したい。この時、公司の営業マンが気を利かして、上海、杭州周りの観光地に連れて行ってくれた。そのうちの一つに寒山寺がある。この寺は、張継の風橋夜泊の詩で有名だ。この詩の第一句「月落ち烏啼いて霜天に満つ」は、漢詩の愛好者で知らぬものはいない。

観光客がゾロゾロ歩いているので、この詩の趣は無い。奥に行くと住職が書を書いている。聞くと、一万円(日本円)で一筆書いてくれるという。これを安いと思った。そこで一番好きな漢詩の一節、「一片氷心在玉壺」を書いてもらった。ところが、これが案内の営業マンの気分を損ねた。彼にしてみると途方も無い値段らしい。住職にぶつぶつ言う。こちらが心配そうな顔をしていると、住職が風橋夜泊の詩碑の拓本を無料でくれた。この時の書を日本に帰って掛け軸に表装すると二万五千円かかった。爾来、この掛け軸を愛用している。

さてこの観光地巡りで気がついた事がある。農村にも都市にも花が全く無い。日本なら農村の民家の庭には花がある。この時の中国は、聊斎志異の国とはとても思えなかった。しかし、その後、中国に行く度に、花は徐々に増えつつある。高速道路の分離帯にバラや槿の幼木が植わっている。また最近テレビで見たが、蘇州あたりの先進的な農村では花卉栽培も始まっている。花を愛する余力の出てきた中国は益々侮りがたい。

中国には、観光旅行でも行った。詳しくは下記を見ていただきたい。

敦煌/西安観光旅行
黄山、屯渓、西塘観光旅行
台湾観光旅行

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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