貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

3.地中海編(3)

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貧乏エンジニア漫遊記
地中海編(3)

前回述べたプラント用バージの件でエジプトに出張した際、コプトに出会った。コプトはご承知のように、スペインや東欧まで回教国になっていた中世に、エジプトのナイル川の上流でキリスト教を保持していた集団のことである。カトリックやギリシャ正教とは別の歩みをしたユニークな宗派だ。何しろコプトの幼児はイエス・キリスト像を黒人に描くと言うのだ.。

現地事務所ではK君というコプトの会計士を雇っていた。サイトマネージャーによると、この男は謹厳実直を絵に描いたような男だという。コプトについてはかねて興味を持っていたので、彼に会うことを期待していた。エジプトと言えば、紀元2~3世紀頃にはグノーシス派が全盛を極めていた地方だ。当時の男はみなヒゲ面である。それで私はK君の顔付きをルチアノ・パヴァロッティーのように想像していた。ところが会ってみれば大違い。皮膚の色こそ薄墨色だが、口元は引き締まり、痩身にして眉目秀麗、ハンフリー・ボガードを思わせる美男子なのだ。禁酒禁煙、動作正確、言語明瞭、正直一途、理想的な会計士だ。難を言えば融通が利かない。自分に命令を下すものはサイトマネージャーただ一人、他の日本人がなんと云おうと納得できない事は肯んじない。唯一のサンプルによって全体を推理することは乱暴だが、K君 を見る限り、コプトは毅然として清貧に甘んじる立派な宗派だ。

さて幼児の描くイエス・キリスト像のことだが、私はコプトの幼児は無垢で素晴らしいと思う。幼児にもっとも愛情を注ぐ男性は誰か。云うまでもなく父親だ。「イエス・キリストは無限の愛を与えてくれる人」と聞かされた幼児が、自分と父親を結ぶ直線の外挿点に想像上のイエス・キリストを置くのは当然である。したがって余計な知恵をつけられていない黒人の幼児は黒人のイエス・キリストを想像するだろうし、白人の幼児は白人のイエス・キリストを想像して不思議は無い。

先日テレビでインディオの宗教の番組を見た。ペルーの鉱山の坑道の中ほどに磔刑のイエス・キリスト像がある。インディオは奥坑に入る前に、その像に一日の無事を祈り、出てくるときに無事故を感謝するという。なんとその像の容貌はどこから見てもインディオそのものなのだ。しかも紛れもなくインディオの民族服をまとっている。また同じ番組で国名は忘れたが、やはり中南米の島国のマリア像を見た。これが漆黒でハチ切れんばかりに太ったアフリカ系の女性像なのだ。これもその地方のラテン風の衣装をまとっている。偶像崇拝にあたるかどうかは別にして、これらの像に違和感無く毎日祈っている者こそイエス・キリストやマリアを真に身近に感じている者だと思う。よく絵本などに金髪青瞳のイエス・キリストが描かれているが、日本人である私は、とてもこれを自分の孫に見せる気にはならない。

ところでエジプトの料理だが、これが変わっている。パーティーにはシシカバブ、羊肉のミルク煮、ピラフ、ギョウザ風アンパン、それに魚のフライと果物が出た。シシカバブは、串とそれに刺さっている肉塊が馬鹿でかいことを除けば日本で食う物と大差ない。羊肉のミルク煮は結構食える。牛乳にココナツミルクを混ぜ、羊の足やアバラ肉をぶち込み、クミン、ターメリック、その他正体不明の数種のスパイスを混ぜて煮込んだものだ。野菜も入っている。玉ネギ、ジャガイモ、人参が主で、モロヘイヤらしき青野菜もわずかに入っている。ピラフは絶望的だ。パサパサで日本人の口にはとても合わない。ギョウザ風アンパンは、衣がやけに大型厚肉だ。アンは何だったか記憶に無い。フライの魚は小鯵だ。パームオイルらしい重質油でコチコチに揚げてある。これも敬遠ものだ。パーティーが始まると、なんとエジプトのVIPが最初に群がったのは小鯵のフライなのだ。しかも全員舌鼓を打っている。シシカバブなどは付き合い程度に手を出すだけだ。 料理は食えないことはないのだが、パーティーにはビールもワインもでない。レモン水かオレンジジュースで流し込むしかない。回教国だから公 の席ではアルコールはご法度なのだ。これには参ったネ。

エジプトの現場作業者の昼食は質素だ。簡単なものは、種無しパンに小さな生の玉ネギ、それにソラマメだけだ。モーゼの昔の奴隷と大差はない。日本人なら辟易する代物だ。しかしこれを笑うわけにはいかない。むこうは五千年間それを食べているのだし、我々だって、終戦直後は麦飯の日の丸弁当で満足したのだから。

逆に日本人が笑われたこともある。同僚のF君に聞いた話だが、エジプトの沖のマルタ島で工事していた時のこと。工事指導で数名の日本人がいた。仕事が進まないのでマルタ人の工事監督に怒鳴り散らしていた。たまたま慰問の醤油が届いたのでスキヤキを食おうと云うことになった。市場に行っても肉とネギしか具がない。ところが工事現場に春菊らしきものが生えている。試しに食ったところ結構イケる。そこでその後もその植物を度々食っていた。ところが或る日、マルタ人の現場監督がやってきて云った。
「旦那、あんた方はヨモギみたいな草を時々食ってるネ」
「たしかに食っている。それが悪いか」
「悪くはないがネ、旦那。聖パウロの漂着以前から、マルタじゃあんな物を食った人間はいませんゼ。またマルタ騎士団以来、馬が食ったという話も聞きませんナ。イッヒッヒッヒ」
一本とられて、F君は頭をかいたそうである。

 

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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