貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

4.地中海編(4)

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貧乏エンジニア漫遊記
地中海編(4)

  1994年7月、技術供与の件で、イタリアのミラノ、マントバ及びラヴェンナをたずねた。この旅行では北イタリアを横断した。ラヴェンナと言えばローマ帝国が東西に分かれてから始終戦乱の舞台になった所である。仕事の合間に観る所は多くあるに違いない。願ってもない出張だった。空港では相手会社の社長のP氏が出迎えてくれた。まずミラノ近郊の本社に連れて行かれる。その設計事務所のカラフルなこと。壁、床、机、書棚の何れも、暖色が基調になっており、茶色や黒で縁取られている。金はかけていないが垢抜けしている。モンドリアンの絵の趣がある。色彩への豊かな感性はイタリア人の国民性のようだ。以降の旅行がいよいよ楽しみになった。

設計事務所を出て、自動車で半島横断の旅に出た。すると、すぐ大河のほとりに出た。聞けばポー河だという。想像していた景色とは大分違う。ポー河といえば歴史上幾度も戦場になっている。二千数百年前、ハンニバルはイスパニアの騎兵とアフリカ象を引き連れて、アルプスを越えてやって来た。父祖の恨みを晴らすべく、遠くローマを睨んでポー河のほとりに立ったことであろう。ポー河は、血生臭く激流が逆巻いているに違いない、と思いこんでいた。実際はどうだ。白砂の中をきらめく水が緩やかに流れている。紺碧の空に白雲悠々、両岸に黄緑のポプラが点々と立っている。シスレーの絵のようだ。ポー河は平和の象徴のような河だった。

最初の泊まりはマントバだ。この地方には中世がそのまま残っている。町の真中に教会があり、その脇に時代物のアンパン状の建物がある。崩れそうな白煉瓦造りだ。高さは余りない。
「これは何か当ててみろ」とP氏がいう。
「教会の宝物庫だろう、或いは受難したキリスト教徒の頭蓋骨置場か」と答えると大笑いされた。
「洗礼堂だ。私もマントバ産れ。赤ちゃんの時ここで洗礼を受けた」大男のP氏が多少はにかみながら誇らしげにいう。町の通りも広場も全部石畳だ。その夜は広場のカフェで甘口のワインを楽しんだ。

次はラヴェンナだ。ラヴェンナはアッシジと並んで教会建築で有名だが、歴史上はラヴェンナの方がアッシジより重要だ。アッシジは例のフランチェスコとクララの精神的超純愛で有名になった。またフランチェスコが小鳥に説教したことでも知られている。年中、自称巡礼が押し寄せる。その点ラヴェンナは地味だ。下克上の風潮の中で、西ローマ皇帝がここに長く住んでいた。東ゴート族やフランク族の侵入に対して攻防の要地だ。海から逃げ出すこともできる。五世紀から十三世紀にかけてのヨーロッパの代表的教会建築がここに集中している。いわゆるビザンチン様式とロマネスク様式の建物だ。

内心では、仕事はそこそこにして、ラヴェンナの名所旧跡を見て回りたかった。ところがP氏は気が利かない。一日中、自分の工場がある工業団地を引っ張りまわすのだ。遂に旧市街を見る間がなかった。吉備路の代わりに水島工業団地に連れていかれたようなものだ。落胆した。しかしP氏にしてみれば当然のこと。当方に不純な願望があっただけなのだから文句は云えない。こうなれば、帰国時に再度立ち寄るミラノに期待するだけだ。今度はP氏にズバリと申し入れた。
「レオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐が見たい。ミラノのどこかの教会にあるはずだ」
ところがP氏は血も涙も無く答えた。
「あれは修理中。ボロボロに剥げ落ちている。見せてもらえないし、見てもしょうがない」

レオナルド・ダ・ビンチの絵ではイエスと十二弟子が食卓についているが、実際は直接床に座って晩餐をとったらしい。考えてみれば、イエスを中心に、弟子達が車座になって最後の晩餐をとっている情景の方が胸をうつ。

最後の晩餐の絵は諦めてドゥオーモを見ることになった。ミラノのドゥオーモといえばイタリアを代表する教会建築だ。日曜日だし出席者も多いだろうと思って、礼拝時間を狙った。だがこれも期待はずれ。礼拝堂の一角に僅かの人数が固まっているだけだ。本場でも、日曜日毎に教会に来る人は減っているらしい。ドゥオーモは建築物としては真に立派だ。しかし白状するとミラノで目を剥いたのは美術的なものではなく、九万人入るというサッカー場だ。でかい。外から見ただけで思わず唸った。夕暮れに逆光だったせいもあるが、黒々として要塞のように貫禄があった。セリエAは強くて当然だ。

この旅行中に食った料理はどれも典型的なトスカーナ料理だった。想像していた“油ギラギラ、トマトまっかっか”の料理は一品も出なかった。どの料理もオリーブ油はたっぷり使っているが、口当たりは、むしろサッパリしていた。P氏は、ナポリのスパゲッティ如きをイタリア料理の代表と思ってもらっては困るという。最後に何でもご馳走するというので、ミラノ一のピザを所望した。P氏は妙な顔をする。ピザは客をもてなす料理ではないらしい。日本で言えばうどんの類か。無理に頼んでピザ屋に連れて行ってもらった。そのピザ屋では、団扇のお化けのような鉄板に材料をのせて、焼き口が三つもあるオーブンに突っ込んでいる。出てきたピザの大きさに驚いた。日本の並みのイタリア料理店のピザの四倍はある。貪食漢の私も三分の一は残した。その店ではワインよりビールの方が沢山出ていた。イタリアはビールも結構いける。

この後、もう二度イタリアを旅行したが、その時の失敗談はまた。

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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