貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

5.中近東編(1)

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貧乏エンジニア漫遊記
中 近 東 編()

1988年12月に、アラビア半島東南端のオマーンに行った。海外工事経験が長かった割には、不思議に私は中近東の経験がない。この時一度、プラントの受注活動で短期間行っただけである。

オマーンはアラビアンナイトの船乗りシンドバットが巨鳥に連れて行かれた所だ。空港から首都マスカットのホテルまで、道の左側はギラつく海で、右側は鬼気せまる岩山だけである。ワディと呼ばれる枯渇した瓦礫の川が幾本も通っている。まさに焦熱地獄、人界果つる所だ。濃紺の空の下で、奇岩の上になにか構造物がある。目を凝らしてみると昔の砦なのだ。太陽に焼かれて黒々と聳えている。この様な土地だが、オマーンは、アラビア湾入り口に位置し、古代より南回りインド貿易の中継点として知られており、古代より人間が張りついて住んでいたらしい。

ホテルに着いた.。プールがある。水着を売店に買いに行くと、店員がしたり顔で「お前は正気か、プールで泳ぐと死ぬぞ」という。オマーンではプールの水は摂氏五十度に達し、不用意に飛び込むと、間違いなく茹で上がるらしい。プールを諦めて夕飯を食っていると驟雨がきた。ボーイ達は欣喜雀躍している。年に一、二度の雨だと言う。

翌朝、会議の予約を取るため顧客に電話すると相手が出ない。聞けば昨夜の雨を祝って本日は国家休日になったとの事。この国では元首の土侯(エミール)の判断で、国家休日が随時決まるらしい。誠に結構な国柄である。休日でも外出できない。ワディは泥流が溢れ橋が危険だと言うし、第一遊ぶ場所がない。

翌々日、会議に現れた相手方は机の向こう側にずらりと並んだが、オマーン人は唯一人、責任者だけ。あとのエンジニアは全て外国人だと言う。プラントの運転・保守はすべて外国人に依存する国柄らしい。

会議の後は、食料の現地調達の可否を調べるため中央市場にいく。これが中央市場だと言われて驚く。あまりにも小さい。玉野市のスーパー程度なのだ。新鮮なマグロやマトンはある。ぶった切りで売っている。果物は西瓜、瓜、葡萄などが少々。野菜はネギと二三種類の菜っ葉だけ。品数は極端にすくない。市場の広場で写真を撮っていると、嬌声に似た悲鳴があがった。白い石の壁の前で黒い物体が飛び跳ねている。よく見ると黒い布で身を覆っている婆さんなのだ。頭に閃いた。うかつにも女性の写真を無断で撮ってしまったのだ。バングラデシュやインドネシアと違って中近東のイスラム国では、許可なしに決して女性を写真に撮ってはならない。不用意に撮ると手首を切り落とされると言う。冷汗三斗。平謝りにあやまった。周囲は一瞬静まり返ったが、次ぎの瞬間爆笑につつまれた。被写体が痩せて腰の曲がった婆さんで、その婆さんに、丸まる太っている私が米搗きバッタのようにペコペコしているのが可笑しかったらしい。別に誰に怒られるでもなくその場はすんだ。これが若い女性が被写体だと、カメラからフィルムを抜き取られるぐらいの事はあるらしい。

女性で思い出したが、イスラム教のコーランに「女」と言う章がある。コーランはイエス(アラビア語ではイーサーと呼ぶ)とモーセ(ムーサー)は偉大なる聖人と認めてはいるのだが、この章にはとんでもない事が書いてある。「ユダヤ人ごときにイエスが殺されるものか、十字架にかけられたりするものか。神(アッラー)がご自分のお傍に引き上げ給うただけだ」という意味のことを言っているのだ。ここでちょっと待てということになる。クリスチャンならずともイエスの生涯に感動するのは、イエスが神の定められた道に従って従容として十字架についたことにある。コーランでは、ユダヤ教徒憎しのあまりか、この点でイエスの解釈が私達と全く異なっている。

仕事上の付き合いの外国人に宗教を話題にするのは余程の注意を要する。できるだけ避ける。しかし友人の自宅に招待されたときには、自ずから彼我の宗教に話題が及ぶことがある。オマーンでではないが、イスラム教徒の友人と二三度宗教について話しをした事がある。彼等は意外にイエスを深く知っており、しかも尊敬していた。

 

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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