貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

8.イベリア半島編(1)

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貧乏エンジニア漫遊記
イベリア半島編(1)

1965年、初めて海外へ業務出張した。目的はタンカーに装備した器機の修理工事を監督するため。場所はスペインのカジス造船所。当時は飛行機の便数が少なく、発着の変更も多かったので、旅行日程には充分な余裕を見込んでいた。マドリードに到着して待機していると、出張先の造船所から、「タンカーがまだ到着していない。工事開始が1週間遅れる」と言って来た。

暇ができたので、喜び勇んで市中に飛び出した。あちこち駆け回って腹が空き、海老の看板のレストランに入った。隣の客を見ると、海老か蟹の爪らしきものを食っている。長さは15センチくらいだ。ザリガニの爪に似ているが、それよりはかなり長い。色もピンクがかって上品である。海外のレストランで注文するのは初めてなので、隣の客の皿を指差して「アレ」といって注文した。やがてウェイターが十本ほどの茹でた爪を小皿に乗せて持ってきた。半透明のソースがついている。これがまことに旨い。10本程度では到底足りない。身振り手振りを交えて、お替りを注文した。>
「もっと欲しい、大皿で山盛り持ってきてくれ、一番いいワインをつけて」
ウェイターが大きく手を振ってスペイン語で何か言う。さっぱり解らぬが鷹揚にうなずいて見せた。大皿の山盛りがでてきた。ワインにはタスキがかかって大きな数字がはいっている。ワインも申し分ない。大満足だ。そこで思った。
「俺は運がいい。船は遅れる、旨いものは食える」
だが、これは早計だった。ウェイターが伏目がちにおいた勘定書に眼を剥いた。たった1食で3日分の全食費の値段だ。後で知ったが、その海老は片方の爪だけが長いスペイン特産の海老で、昔は領主が漁民より長い爪だけを税として取り立てていたという。平民は短爪と海老本体しか食えなかったのだそうだ。ワインも、産地とはいえ、年号の入っている物は結構高いという。20才代の貴重な経験だった。しかしその後、外国人相手にヴィンテージ・ワインを語る時、何度もこの話でうけたのだから元はとった。

次はセビリアだ。セビリアはオペラで有名だ、カルメン、フィガロの結婚、それにセビリアの理髪師もある。それで話の種に床屋にいった。これがまことに汚い。臭い。セビリヤ一というところでも、岡山の最低の床屋以下である。炎天下を歩いてみた限りでは、とてもこの町は音楽的とはいえない。

意外だったのは教会だ。ホテルのコンシェルジェによると「ここのカテドラルは是非みておけ」という。あとで知ったが、ユネスコの世界遺産に登録されている。建物もタイル張りの庭も見事だったが特に絵が凄かった。倉敷の大原美術館のグレコの受胎告知は有名だ。しかしこのカテドラルには、それ以上の絵がズラリとある。確かに、絵は本来有るべき所で見るものだ。告白するが、この時は感動で涙がとまらなかった。後年、ルーブルやウフィッツィーを見たが、これほどの感動はなかった。また薄暗いヤニ色の回廊には日暮れの日光がほのかに差し入り、幽玄の趣すらあった。

海老の爪で金も乏しくなったので、晩飯は一番安そうな食堂に入った。得体の知れない揚げ物ばかりで食えそうな物はない。良く見ると、コロッケに似た物がある。これはいけそうだ、しかし言葉が通じない。やけくそで、「コロッケ!」と日本語で怒鳴ったら、これが通じた。それと一番やすいワインを呑んだ。そのまずかったこと。

カジスに着くと、胸を張ってまずホテルにはいった。リムジンより降りるやいなや、ボーイが3人飛んできて恭しく立つ。私の前にだけだ。横では、1人のボーイが複数の客の荷物を集めている。フロントも私にだけ特に丁寧である。通された部屋は一番のスイートだ。眺めは絶景。大西洋は天涯一望だ。何かおかしい。領主専用の海老の爪を食ったせいでもないようだ。

翌朝フロントで確認した。
「念のため尋ねる。私は一介の貧乏なエンジニアだ。シングルを予約したはずだ。料金はシングル分しか払えんゾ」
フロントは冗談言うなという態度で答える。
「そりゃないぜセニョール。銀のトランクを持っている人がケチな事を言わないでくださいよ」
それで分かった。私のトランクを銀張りと間違えたのだ。それは戦後放出されたジュラルミンを使ったものだった。それを説明すると、今度はカミカゼ特攻隊の生き残りと間違えられた。部屋は勿論変えられた。

さて、ホテルから造船所までの道沿いの土手がみものだった。龍舌蘭(リュウゼツラン)の開花柱の林立である。龍舌蘭はアガベ属の王様である。否、全多肉植物の王様である。百年に一度(実際は10年から20年に一度)開花する。咲くとなると、1ヶ月のうちに3メートル以上の花柱を伸ばす。日本の龍舌蘭は豪壮とは言っても知れている。カジスのそれは葉幅30センチ以上、厚みは5センチ以上あった。龍舌蘭は、無地の「青の龍舌蘭」と呼ばれるものが一般的である。また黄色の外縁斑や内縁斑の入る物はよくみられる。しかし、白の内縁斑の入る物は「華厳」とよばれ希少価値がある。私はこれを20年前苦労して手に入れた。仔が3年に一度ふく。

さてここで親愛なる皆さんに、スペイン女性にモテる方法を伝授しよう。これは、別の機会に同じカジス造船所に行った同僚のS君の話。S君は造船所行きのバスに乗っていた。気がつくとバス中の女性の目が彼に集中している。視線をたどると、顔ではなく作業着をいれた風呂敷に興味があるらしい。その風呂敷は、婚礼の引出物で鶴亀のド派手なものだった。気のいい彼はそれを解いて前の席の娘にやった。その娘は早速二つに折って頭にかぶった。バス中の女性がどよめいた。翌日は唐草模様の風呂敷で同じ事が起きた。そして彼はカジスに滞在中、造船所中の女性にモテたという。私はそれにヒントを得て、冠婚の引き出物をとっておき、海外に出るとき土産用に持っていく。S君ほどではないが外国の奥さん方に結構喜ばれる。

 

公開日:
最終更新日:2016/02/22


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