貧乏エンジニア漫遊記

大手造船会社エンジニアが世界を股に掛けた、面白奮闘記です!

14.マレーシア編(1)

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マレーシア編(一)

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マレーシアの首都クアラルンプールは海に面していない。その代わり、西に40KMほど行くとポートクランという外港がある。その近くの発電所の建設に、1982年2月より3年半従事した。本編では、当時のマレー娘の平均的な一日を紹介したい。

私達の事務所で雇った娘は21才、ノラという名前だった。ノラは朝6時に起きる。戸を開けて、高床式の家の階段をハミングしながら降りてくる。早速、庭で蘭の水遣りを始める。蘭は、鉢植えのデンドロが20本ほど、地植えのバンダが10本ほど、それと胡蝶蘭だ。胡蝶蘭は清楚で華やかだが、バンダの赤い花房も鮮やかで美しい。庭の広さは50坪ほど。回りの椰子林のせいで、日光は庭に筋状に差し込む。ジョロで水を遣っていると虹が立つことがある。

朝食はピーナツバターをぬったパンにミルク、果物はバナナとランブータンだ。兄のラヒムと食べる。それがすむ頃、1キロ以上離れた隣家から友達がやってくる。友達と挨拶を交わす。

「アッサラーム アライクム」(神のみ恵みがあなたの上に)
「ワライクム サラム」(同じく、あなたの上にも)

二人揃って勤めに出かける。ノラは日本の会社の現場事務所に。友達はローカルの請負業者の事務所に。やがて昼食の時間が来る。工事現場の食堂に行きナシゴレンを食べる。ナシとは米飯の事、ゴレンとは「炒める」の意だ。客が勝手に皿に盛り付ける。白飯の回りに魚の素揚げ、ほーれん草のソテー、もやしのサラダなどをのせ、その上からマレー風のカレー汁を好きなだけかける。物好きの日本人が時々やって来て相伴する。日本人は決まって云う。

「これでビールがあったらなあ!」

マレーシアでは回教徒以外はビールを飲める。しかし工事中は当然ご法度だ。昼飯がすむと菓子だ。クエラピスと呼ぶケーキを食べることが多い。マレーシアの菓子の甘さは半端ではない。蜂蜜をかけた砂糖のようだ。
さて仕事がすむ。家に帰るとコーラン朗読が待っている。義務教育以外に、マレーシアの娘は寺子屋のような所に行き、コーランを長老に従って音読する。アラビア語で半年ほどかけて読む。全て読み終わって初めて結婚の資格ができる。寺子屋から帰ると沐浴する。当然水だけ、湯など使わない。寝る前に祈る。ノラは勤めているので日に5回の正規の祈りは出来ない。その分を寝る前にまとめて祈る。冷房はない。だが風通しの良い高床式の家は充分涼しい。そして毎晩決心を新たにする。
「もうすぐ、コーランを読み終わる。結婚できる。親は、金持ちのヒヒ爺の第二夫人になれと云うだろう。私は絶対そんな結婚はしない。今はルックイーストの世の中なのだ。相手は若い男の子に限る」 その内に寝付いてしまう。

ノラの一日は上述のとおりだが、「アッサラーム アライクム」は回教圏の魔法の言葉だ。西はモロッコから東はインドネシアまで、これを聞いて微笑まぬ人間はいない。キリスト教の「主の平安」に当たる。

公開日:
最終更新日:2016/03/22


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